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あんなえぢもね・こんなえぢもね

私と一緒の時間を過ごしているえぢともね。日々の暮らしの中で気づいたことを書いています。

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「自然に、楽しく、かっこよく」えぢと目指した老犬生活2 ~終わりあっての活きて生きた日常~

先日、もにへの健康診断がてら、動物病院へえぢの事のご挨拶に行ってきた。脳のトラブルからくる「立ち上がれない、歩けない」という症状が出てからは数日で亡くなったため急変といってもいいくらいだった。

そんなえぢの旅立ち方を医師は「紳士でしたね」と評価してくれた。

ちょっと泣けた。でも悲しくてじゃない。嬉しくて。
「自然に、楽しく、かっこよく」生きられたのかもしれない。
先のぶろぐでも書いた通り、なかなか山あり谷ありだった最後の2年ほど。
そんな2年を間近で見て、身体の状態をみながらサポートし続けてくれた人、
私達(えぢと私)からすると一緒に素敵な老犬生活を作りたかったチームメイトからの言葉。

B花とえぢ


奇しくもえぢは英国出身のラブラドール。私と一緒にイギリスから日本にやってきたのだ。「英国紳士」。
かっこいいことが好きだったえぢには、とても素敵な最高の賛辞だ。

***********

トイレの回数や体の状態を毎日つけていたメモを振り返ってみると、2月28日に、えぢの生涯で初めて食事を出しても「いらない」と食べなかった。その時は胃腸の調子が悪いのかと思い、薬を処方してもらって食べるようになったものの、同じようなペースには戻ることはなかった。いつも食べていたフードはもうほとんど「いらない」と拒否をするようになって、それからは毎日手を変え品を変え・・でとにかく口にしてくれるものを、と

それでも好きなものが色々出てくるので、食事の時間を楽しみにしてくれていたのは確かだと思う。お肉の準備をしていると匂いに誘われてヨロヨロしながらもキッチンの定位置までやってきて、用意する私をジッと見てた。たっている事はもちろん、ふせていることも辛かったのか、待っている間に完全に横たわってしまう時も多かったけど。ちゃんと食器にいれて準備すると、なんとか起き上がろうとしていたもんね。

Bごはんくれ2月28日


3月1日には、車で移動だけなので、私の都合もあってオフィスに同行した。セミナーがあったため来客もあったけど、みんなに「えぢ君大丈夫?」と声をかけてもらったりしながら一緒に会場にいて寝たり起きたりができてた。

Bセミナー出席

その日えぢは辛かったのか、楽しかったのか、その両方だったのか。えぢ本人の気持ちが聞けないからわからないけれど、その日ちょっと無理させてるかもと思いながらも同行したのは、私の気持ちの中で、なんとなく「これが最後になるかも」と思っていたからだ。通いなれた道をドライブ、楽しかった事がたくさんあったオフィス、顔見知りのお客さん、そしていつも可愛がってくれたD.I.N.G.O.設立当初からの仲間でありインストラクターのSさん、学生の頃から生徒として通ってくれて卒業後は事務スタッフになってくれたOさん、一緒に毎日過ごしたルフトや「えぢはアホだなぁ」と言いながらもたくさん愛してくれたルフトのと~ちゃん。みんなにいつもの形で会えた。Sさんからは夕飯もつくってもらって、あまり食欲がないながらも、手から食べさせてもらって結構な量食べられたことも良い思い出。

歩く事も立ち上がることもできなくなったのが、翌日の3月2日。現れている症状から、今回のものは関節炎ではなく、脳のトラブルによるものという診断。その時にできるベストと思われる処置をして帰宅した。

3月3日注射後よろよろ歩き
(それでも帰宅後には自力で歩いて水を飲んだり、ごはんのあるところまで歩いたりと頑張ったよ)

前回のようにすっきり歩けるようになることを願っていたけど、状態は思わしくなく、特に後ろ足はほとんど力が入らないようにみえた。水飲みや食事が思うようにとれないといけないので、欲しそうな様子が見えたら歩行補助バンドで支えて移動させたり、寝たきりの口元まで運んだり。

3月2日ごはんほしい
(3日2日のえぢ。立ち上がりと歩行補助をすれば、キッチンでごはんの支度をする私のそばに来たがった)

同時に神経症状も悪化してきてた。光、風はもちろん周りの小さな動きにも、小さな痙攣発作のようにガクガクなることが多く、部屋に差し込む日光をさえぎるためにカーテンを閉めたり、照明を落としたり、静かに近づいたり、驚かせるようなことがあると起きてしまうので静かに過ごせるように工夫してみた。

私はツイッターをしてるのだけれど、そんなえぢのそばでしてた書き込み。

4日
*えぢの寝たきりは続いてる。朝ごはんしっかり食べてくれたけど、歩行の改善はほとんど見られない。特に後ろ足。水も自由に飲みにいけないと思うので、ボトルから定期的にあげている。合間には神経症状の発作も多く。

*愛犬が若い頃は、こんな日が来るとは思わなかった。吠えて困る、引っ張って困る。落ち着かなくて困る。今思えば、みんな楽しい良い思いで。
今はただ目の前で頑張っているえぢのサポートを精一杯してあげたい。

5日
*えぢ、昨夜はごはん拒否でした。動いていないし朝と午後に結構食べたせいかな。夜ごはんを前に、まんまるな目でなんとも言えない顔してた。「こんな豪華なごはん!なんでいらないんだろう、俺ったら」みたいにも見える不思議な表情だったな・・・

そして6日の午前3時20分に息を引き取る事になった。

最後の夕飯。お昼ごはんまではしっかり食べていてくれたのにと思い、口に入れたら食べるのではないとか思って口を開けようとしてみたけれど、この時ばかりは、しっかりと歯をくいしばるように閉じてしまって開いてくれなかった。

食欲はもちろん「意欲」やえぢの「したい事」を優先して生活してきた私。この拒絶を前に迷いがなかったわけではない。食べさせなきゃという思いもあったけど、やはり彼の「いらない」という意思を優先した。

5日は終日調子が悪かった。思いかえしてみると、この4日の夕飯を食べなかった時が、えぢがしっかり私の目を見つめた最後だったように思う。子犬の頃と変わらぬ丸くてはっきりとした可愛い目でしっかりしかも長い時間私を見つめてた。わざわざツイートするくらい印象的な様子だった。

えぢなりの気持ちを込めたメッセージだったんだと思う。

最後は決して眠るようにとはいかなかったけれど、いつも一緒に寝ていた布団の上、家族や子供頃から可愛がってくれてたHさん、もね、鳥達、私がずっとまわりにいて、体をさすり声をかけていた。本当に日常の中で旅立っていったえぢ。

最後の心臓のひと鼓動。私の右手の人差し指に今でもちゃんと残ってる。頑張ったね。


*************

少し引いた目で自分の事を考えてみると、自分がこんなに愛しているパートナーと別れる日が来る準備(覚悟)もしていたような気がする。最初に暮らしたラブラドールのテスを若くして亡くしたせいもあり、別れた後の辛さは十分わかっている。無意識のうちに、えぢと別れなければならなくなった時のための心の準備をしていたのかもとも思える。

年齢に「もう」をつけるカウントダウンも、私にとっては「いつか必ず別れがくるんだから」と自分に向けた、えぢがいなくなることを徐々に受けいれていくための呪文のような言葉として必要だった。

また縁起でもないといわれるけど、何か楽しいイベントをえぢと一緒にする時には必ず使っていた「冥土の土産に」という言葉。最後のほうは、この冥土の土産シリーズが多くなりすぎて持ちきれないのではないかと、みんなで笑った。

えぢのケアをしながらも、毎日の生活を通じて自分が壊れることを防ぐ心のケアもしていたのかもしれないと、振り返って思う。

**********

今、桜がとっても綺麗。
毎年、今年も一緒に見られたね。来年も見ようねと生きてきた。

桜
不思議な事に今年も一緒に見ている気がしてしかたがない。そればかりか、前にも書いたけどいつも一緒にいる気がするのは、今も続いてる。美味しいものを食べる時も、旅をする時も。

心の中に生きてるって表現があるけど、こういう事なのかな。えぢの事を、思い出したり考えるたびにあたたかくて幸せな気持ちなる。

たくさんさわった大好きなデコ、耳、肉球も思い出すたびに、手の中にさわってる時の感覚が戻ってきてモゾモゾする。不思議 (単に狂ったか、私)

えぢには教えてもらうことばっかり。
終わりを意識する事で「活きて」生きられた

おかげでたくさんの輝くような素敵な瞬間に出会えたと思う。
文字通り一瞬一瞬を意識する事で記憶に残り大切に過ごせた。
幸せで楽しかった思い出がいっぱい。

私のもとにきてくれて、本当に本当にありがとう。えぢ。
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  1. 2014/03/31(月) 17:50:25|
  2. 暮らし
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「自然に、楽しく、かっこよく」 えぢと目指した老犬生活1

えぢが亡くなってから早いもので半月になる。
姿が見えない、触れないことでさみしさを感じる瞬間もあるけれど、実はとっても不思議な感覚がある。
なんだか生前よりも常に近くで一緒にいる感じが強いのだ。
「えぢまま、とうとう頭がおかしくなった!」と心配されるかもしれないけど、本当なのだからしかたない。
そして、えぢのことを思い出し考えるたびに、心がホッと温かくなる。
ふと気づくと、口元がゆるんでいたりする。つまり泣く事より微笑んでいる事のほうが多いんだよね。

おすわり
そんな毎日を送っている。
温かい気持ちでいるためにも、えぢとの思い出や生活をぼちぼち振り返ってみようと思うよ。

**********************

さかのぼって考えてみると、老犬になってきたことで現れてきた本格的な体のさまざまな不具合は、2012年3月に受けた血液検査で腎臓の数値が慢性腎不全といえるほどの状態だったあたりから。

その後も次々と出てくる脳内での異常によるさまざまな神経症状、変形性脊椎症や関節炎による問題、歯周病による顔の腫れとのちにそこから頬に穴があいたことなどなど。悪性ではなかったもののレーザーでとったできものなどもあったなぁ・・。そうだ床ずれができた事も。

どれもそれなりの治療、対処、ケアが必要とされるけど、どの部分でも「自然に、楽しく、かっこよく」スタイルを意識した上での長生き生活!

それには、まず良いチームワークが必要だったと思う。えぢ本人、私、そして獣医師。
それぞれに何が必要だったか。

えぢ本人には「意欲」。子犬の頃から変わらなかったけど、なんとか周りの人間や環境を自分の思い通りにしようとしてたし、それをすることに長けてたえぢ。海外からの犬の行動専門家にも「一歩間違えばシェルター行きの問題犬」や「ユニーク」という嬉しい(動物Mの私には褒め言葉:笑)評価をいただいたような犬だった。私も、えぢのそんなところが好きだったので、いくつになってもそのままの「~したい」という様子さえ見せてくれればよかった。

私に求められていたのは、そのえぢの意欲や意思(犬に意思があるかという事には諸説あるけれど、私はあると信じている)を尊重し、それを実現するためのアイデア出しと根性(笑)。

そしてその2人を支えるために必要だったのは、体の変化を冷静にみつめ、より正確な診断をしてくれる獣医師。えぢがまだそれほどじいちゃんになっていないうちから、私とえぢの長期的な「どういう老犬生活を望むか」という希望を、おしゃべりを通して聞いてくれていたと思う。

病院には、なんらかのケアのため週1ペースで通っていた。毎回徐々に衰えてくる体力や身体の機能についての相談にのってもらい、現在体内でおきている事の説明に加え、それらが進んだ場合起こる可能性のあるさまざまな症状(軽いものから、重いものまで)の説明とそうなった場合の対処方法、それぞれについてのメリットとデメリット(こういった話をきいておくだけで、どれだけ物理的にも心理的に覚悟や準備ができていたかと、いまさらながらにして思う)。その後、話し合いにより具体的な治療(または対処)方法を一緒に決めさせてくれる。

そこから「自然で、楽しく、かっこよく」生きるための具体的な準備が始まる。ケアのために必要なものを探しなければ買い揃えた。介護用品もできるだけ機能的で「かっこいい」ものを選んだつもり。

十分なケアをするためには楽しく受けいれてもらわなければならない。なので、必要があればトレーニングもしたよ。顔に開いた穴からは膿が出ていたので、マズル周りだし、傷になっているのだから触られたり洗浄されることが気持ちいいはずはない。少しでも嫌そうなそぶりを見せれば無理強いはせず手を引き徐々に「無理はしないからさわらせて」と理解してもらうことと、大好きなおやつのごほうびで、最後まできれいにすっきり手当てさせてくれていた。ドロドロした膿は放置しているとアッという間にかたまってしまったりするけれど、穴があいていることに気づかない人もいたほどだ。

もろもろのおかげか、最後まで年齢よりずっと若く見てもらえた事、いろいろな体調不良もあったけど、あまり気づかれなかったようで、いつもみんなに遊んでもらったり「お目々キラキラして元気だね!」と声をかけてもらえてた。

普段はグダグダでも、多くの人が見ている本番の舞台では最高のパフォーマンスをしてくれたえぢ。人で言えば「かっこつけ!」だったのかも。そんな彼には、老犬になってからでも、若いね、きれいだね、元気だねという言葉は、言葉の意味がわかっていなかったと思うけど、嬉しかっだろうし、最高の賛辞だったと思う。

セルフィーえぢと私
(通勤時、よく運転席にヌーッと顔を出してきたえぢ。自分撮り写真だよ)

えぢケアグッズもずいぶん揃えたなぁ。腎臓ケアのための食事に始まりさまざまなサプリメントや水素水。暑い夏にはクールベスト的なもの。寒い季節には軽くて楽に着られる防寒具(結局あまり使わなかったけど・・)。視覚刺激を軽減できるかと思いカーミングキャップ。尿漏れ対策にはマナーベルト。寝ている時の排泄失敗のために敷物としても感触は悪くなく(実際一緒に寝ていた私のシーツにもなってきたわけで)防水性に優れた敷物。同じ姿勢で寝ていても床ずれになりにくい低反発マット。足腰が弱ってきていたので起き上がり補助のための持ち手付きスーツ。

機能的に優れたものを選ぶ事で、えぢがしたいような生活を「自然」で「かっこよく」続けられるように心がけた。
獣医師との話し合いの中で、症状が進んで悪化するものであっても前向きでいたかったので、将来を予測しながら症状軽減や介護負担を減らす事ができるようにと、私が「楽しんで」選んださまざまなえぢケアグッズ。


こんな暮らしの中、えぢがさまざまな困難を克服してきたのには、ベースにいつも食欲をはじめとした「意欲」があった。

歩けなくなった時も「食べたい」から動く。おかしの出現を予期させるカサカサ音。美味しいものを暖める時に聞こえるレンジのチンという音や匂い。耳が遠くなってからは、匂いや場所や時間で、えぢの美味しいものアンテナが作動し動き出していた。

出かけることに関しては「一緒に行きたい」から動く。毎朝のお散歩、車でのオフィス通勤、その他ドライブでのおでかけ。それの始まりであるカラーを見せると、寝ていても起き上がって来た。

それ以前にもあったいろいろな危機も、えぢの意欲があってこそ復活できたのだと思う。こんな意欲がある限りはいつまでも一緒にという思いから、月に一度の三重出張も一緒に昨年の11月までは一緒に出かけてた。

もにへとの誕生会
(最後となった三重への旅では、もにへのお誕生会やった)

そうしながらも年相応に体力は落ちてくるわけで、横になっている時間が多くなってきたえぢ。身体を大きく動かすのがしんどそうになってきてからは、小さな欲求や意欲を見つけたくて、じっと見つめて生活してた。眠る時には一緒に布団で寝ていたので、体のどこかを接触させておけば何か要求のある時には体が動くため、それに応じてできるだけ早く対処した。

夜中はたいてい寝返りかトイレか水飲みか。
ご飯の希望の時には鼻もがヒクヒクする。
目線では、主にアテンションかな。近くにきてほしいとか、体をごりごり(マッサージらしきものをしてみたり掻いたり)して欲しいとか、顔をふかせてほしいとか。

後ろ足が弱くなり、それを持ち上げる前足の力も弱くなってきてからは、自分で立ち上がる事が難しい事が増えてきた。そんな時に何か要求がある時の合図は、前足をポンとあげて床を叩くこと。それを合図に使って私に思いを伝えようとするえぢのかわいい姿が、目に浮かぶ。

そんな風に「意欲」を見せてくれるえぢが可愛かったし、かっこよかったし、希望はできるだけ叶えてあげようと生活してた。

そんな毎日だったけど、徐々に変化が出てきた。

出かける意欲後退。
オフィスやドライブなどお出かけ時には「出かけるよ」の合図でもあるカラーを見せても、目線を向けるだけで動こうとしない日が増えた。

食事のスピードが遅くなる。
特に朝の食事は、時間がかかるようになり、食器の中にフードの粒が残っていたり、以前ならペロリと食べてしまっていた、小さな薬の粒を何度入れてもよけるようになった。

食べるものを選ぶ。
口元に持っていけば、それが食べられるものかどうかを考えるよりも先にまず胃袋に入れてから考えるのでは、と言われているほどだったのに、日によって「いらない」というものが増えてきた。

人間が食べていてもオネダリに来ないで寝たまま
食べ物をもらえるチャンスがあれば絶対に逃さなかったのに、朝などは特に大好きな食パンを焼く匂いがしても、おねだりにくることなく、寝たままでいることが増えてきた。

この時点では、裏庭にトイレにいけるくらいの距離は自力で歩けたし動けたので、自分で歩かないことを選び、また動かない事を選んでいるようにみえた。

そんな変化に伴うように、神経症状もどんどん強くなってきた。ちょっとした刺激にも軽い痙攣発作のようになりしりもちをついてしまうことが多くなってきた。光の変化、その他顔のまわりでおきる風や動き、もねの尻尾の揺れでも起きてしまう事があった。そんな状態に不安を感じるのだろう。あまり動きたがらなくなってきたのと、目からキラキラした表情が少しずつ消えて、代わりに不安の色が強く見られるようになった。

生涯通して、環境が許すならいつもえぢのしたいようにさせてきた。
えぢの判断を尊重して生活してきたつもり。

なので、こんな変化が出てきてからは、私の都合で外出に同行させることに申し訳なさを感じ始めた。出かけたくないという様子の日は、ずっと一緒にいられるように仕事やお出かけもオフにする事が多くなった。

*******************

書きはじめてみたものの、やっぱりうまくまとまらない(苦笑)。
ダラダラ長い文章をここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
こんな感じでぼちぼち書いていきますよ。


  1. 2014/03/22(土) 17:07:19|
  2. 暮らし
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  4. | コメント:9

えぢ、また会う日まで!

2014年3月6日 午前3時20分
最愛のパートナーえぢが、その15年5ヶ月の生涯を終えました。

キッチンで笑う

いつも一緒に寝ていた自宅の布団の上で、えぢを愛する人達、もね、鳥達みんなに見守られながら迎えた最期でした。
みんなで声をかけ、からだをさすり続けました。
最後までずっと私の腕の中でした。

右手人差し指で感じた、えぢの最後の心臓のひと鼓動の感覚を、私は生涯忘れることはないでしょう。

小さな頃からマイペースで意思のはっきりしたえぢらしい、かっこいい一生の終え方だったように思います。

元気に見えたかもしれませんが、2年以上に渡る身体の不具合と共に生きたえぢ。
老犬介護生活で目指してたスタイルは「自然で、楽しく、かっこよく!」
最後までそれも貫けたかな・・・。

今はすべてから開放されて、元気にひょこひょこ走り回って、美味しいものを好きなだけ食べていると願っています。

青空
荼毘にふした日はまぶしいくらいの青空。

えぢとは本当に充実した毎日でした。
なので生きてきた毎日への後悔はありません。

ただいつも一緒だったので、いなくなってしまった事へのさみしさや悲しさは大きいです。
きっとまだまだ涙する日もあるでしょう。

お花

お友達の多かったえぢ。
こんなにたくさんのお花をいただきました。
皆さん、本当にありがとう。

そして数々の心あたたまるメッセージも国内外からいただきました。
そこに綴られているエピソードの中のえぢは、いつも元気で、みんなを笑わせていて、楽しそうだということを知って、あらためてえぢはみんなに可愛がられて幸せだったと感じて嬉しく思っています。

ぶろぐのタイトルはこのまま残します。
そして少しずつえぢとの思い出なども書いていこうと思います。
  1. 2014/03/13(木) 19:41:24|
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Author:えぢまま
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